2010年11月24日

神の前に立つ

昨日、パネラーとしてある大学のシンポジウムに参加した。
 しかし、その会を企画した方が、昨日は来ることができなかった。

 代わりに、その方のお連れあいが来られ、マイクを握り、200人近い人が集まった会場に語られた。
「今日、企画した本人が来られないことをお許し下さい。彼女は末期のガンで、昨夜から意識がなくなりました。しかし、この会を計画した彼女の思いを伝え続けていただきたのです・・・」
 
 その女性とは打ち合わせの時にお会いしている。
 彼女の口から「痛みの緩和ケアー」を受けていることをその時に聞いた。
 しかし打ち合わせの途中にも、彼女は「痛みが強くなったので失礼いたします」といって、イスから立ち上がり、立った姿勢のまま、会議を続けられていた。
 それが10日ほど前のこと。
 その女性に、昨夜から意識がなくなったという。
 
 私自身、3年前に妻を突然の病気で亡くしている。
 だから、このご夫妻の気持ちは、身に刻まれるように理解できる。

 会場に集まった者たちを前に、連れ合いの方は、静かに、しかし揺るぎない態度で、マイクを持たれ、言葉のひとつひとつを紡いだ。

 その方は、キリスト教の著名な研究者で、私自身、ずっと敬慕させていただいた方だ。
  
 神の前に立つ。
 そう表現するしかない凜とした姿。マイクを持つその姿は、静寂を帯びながら、しかし怒気迫る迫力を放っていた。
 
 しかしまだ昨日同席した、あの光景の意味を十分には理解できていない。
 しかし昨日は、人間を超えた世界を身体で感じているからこその、静けさと、迫力だったのだと思う。
 
 一歩でも、半歩でも、私は、お二人が見ている地平に近づきたい。

posted by momoikazuma at 12:37 | TrackBack(0) | 記事